近所に咲いていた!
先月のはじめ頃、傘を無くした。
月曜日に無くして、気づいたのは金曜日だった。
雨がポツポツ降る日の午前、スーパーに買物に行き、カートに掛けて、買物が終わって片づける時、傘をはずして持ち帰るのを忘れた! と思った。
その日の午後、歯医者のところにも行ったのだが、金曜日に雨が降って、やっと傘が無い事に気づいた私は、スーパーに忘れたのだと思い、あわててスーパーに行って従業員に聞いてみた。が、「お預かりしていません。」との事。
あの日は前週に忙しかったのと、前の晩よく眠れなかったという事もあり、頭がボーッとしていて、よく覚えていない。
結局、『置き引き』されたのだ!
だいたい、4日も経ってから気づいたんじゃ、遅すぎる!
仕方がない、諦めよう。
でも、この傘は元々は頂き物だった。
家族が何年も前の職場のレクリエーションで、景品としてもらって帰った、何かのブランドの色違いの2本ペアのひとつだった。
約1ヶ月経って、私はまた歯科医を受診した。この日も雨だったので、ペアの残りの方の傘を持って行き、玄関前の外に置いてある傘立ての右端に、閉じてキチンとボタンを留め、まっすぐ立てておいた。
治療を終えて、出て来た私が自分の傘を手に取って、何気なく左を見ると、何とそこには、私の無くした傘が?!!!
色も素材も形も同じだった。開いたまま無造作に斜めに放り込んだという感じ。
ただ違うのは、柄の部分を包んでいた保護フィルムは剥がされていて、柄の背側に付いていた、白文字のブランドロゴが、こすり取ったように消されていた。白い点々がかすかに残っていたのだ。
この傘はもう、10年以上前の品で、市販されておらず、引き出物や返礼品等で扱われた、あまりポピュラーではない商品だ。
しかし、ロゴは柄の部分だけではなく、身生地にも白抜きで入っているはず。
手に取って開いてみようか…と思ったが、もしこの傘を持って来た本人が出て来たら、どうしようか、では、このまま出て来るのを待って、どんなヤツなのか確かめようか…とか、色んな思いが数十秒の内に頭の中をグルグル回った。
でも、証拠は無いのだ!
本当に同じ傘を持っていたのかもしれない。
それにネットでも調べたが、こんなに何日も経ってしまうとどうしようもない。
それと、あの日私は、スーパーに置き忘れたのではなく、歯科医の傘立てに忘れて来たのかもしれない、と思い始めた。
よくよく思い返したら、歯科医院に行く時、雨は降っていなかったが、出て来たときに降っていたら嫌だな、駐車場までの短い距離でも濡れたくない。そう思い、傘を持って行った。そんな薄い記憶がある。でも、雨が降らなかった事もあり、持ち帰るのを忘れた。
結局、無理だ!
これは、追求できない!
黙って帰る事にした。
しかし、この疑惑が、もし事実だとしたら、何てふてぶてしいヤツだ!
他人から盗んだ物を、平気で使い回すとは!
しかも、疑われないよう、原型を変えてある!
そうしてまた、盗んだ場所に平気で持って来ているという!
普通に歯科治療も受ける一般人の顔をして、危ないヤツが混じっている!
この世の中にはまだまだ信じられない事が普通にあるのだと、いい歳をして衝撃を受けた。
本当に、完璧な証拠は何も無い、のだけれど、しばらくモヤモヤした。
そして、見つけたネットニュース!
近所の某国で、32年前に子供が行方不明になったが、実は政府の『社会調整』で誘拐され、『人身売買』されたのであった、との記事だった。
歴史を見れば、そんな国だという事は解るが、恐ろしい話だ。
私たちの周りには、善と悪が住んでいる。
『ヴィクトール・E・フランクル』の『夜と霧』を思い出した。
どのような状況になろうとも 人間にはひとつだけ 自由が残されている。
それは どう行動するかだ。 ( フランクルの名言 )