「小さな親切をたくさん行う人は、それをあんまり覚えていないものなんだね」と、以前の記事で書いたけれど、命に関わる事は別で、やはり長く記憶に残るようだ。
私が友人から聞いた話。
友人Sさんが初めて会社に就職した、二十代の頃の話。
ある日のこと。
会社の近くにできた新しいイタリアンの店が話題となり、Sさんと同期入社の女性Tさんの二人で、昼休みに行ってみよう、という事になった。
行ってみると、狭いけど感じの良い店で、美味しくランチを頂いたあとに店を出た。
昼休みは長くない。
と、そのとたん子供の鳴き声に驚かされる!
目の前を、白い園児服に黄色の帽子、通園カバンを斜め掛けした半ズボンの男の子が、走り抜ける!
ここは、商店街。たくさんの店が向かい合わせに並んでいる、通りの真ん中なのだ。
「ママーツ!ママーツ!」と泣き叫びながら、その子は、あちらの店、こちらの店、右へ左へ、と走り回っている!
迷子だ!
SさんとTさんは思わず顔を見合わせてから、二人でその子に駆け寄り、何とかつかまえた!
しゃがんで顔を覗き込み、「ぼく、どうしたの?」と聞くと、「ママが、ママがいなくなった」と、泣きじゃくりながら言う。
見れば胸には、ひらがなで書かれた名札が付いている。
「◯◯◯◯けんた」と書いてある。
急いであたりを見回したが、誰も近づいて来る人は居ない。
SさんとTさんは相談して、この子と一緒に、お母さんを…その辺を探してみよう、という事になった。
けんた君と手をつなぎ、店を1軒ずつ覗いては、「けんた君のお母さーん!」「けんた君のお母さんは居ませんかあーっ?」と叫びながら歩いた。
でも残念ながら、居ない。
Tさんに、「もう昼休みが終わっちゃうね」と、言われてSさんは気づいた。
午後の勤務開始時刻が迫ってる!
どうしようか…。
2人で相談した。
Tさんが先に職場に戻り、上司に事情を話す。
目の前の小さな橋を渡った所にある交番まで、Sさんがけんた君を連れて行く。
「おねえちゃん達は、もうお仕事に行かないといけないんだけど、おまわりさんが、けんた君のお母さんを探してくれるからね」
「大丈夫だからね」とSさんは、できるだけ優しく語りかけると、泣き止んでいたけんた君は、コックリとうなづいた。
交番の年配の警察官は、少し怖そうな雰囲気だったが、状況を説明すると引き受けてくれた。
そこでSさんは、氏名と住所や勤務先名も聴取された。
そうして、けんた君が、おとなしくイスに座ったのを見届けて、Sさんは職場に戻った。
翌日に、Sさんは有休を取っていたため、翌々日に出勤すると、思いがけない話を聞く。
Tさんいわく、「昨日の夕方に、あのけんた君の母親と名乗る人が職場に来た。」と。
その母親は当日、「ちょっと目を離したスキに息子を見失い、自分でも近くを探したが見つからなかった。」と、話し「ありがとうございました!Sさんにもよろしくお伝えください!」と、何度も頭を下げながら帰って行った、との事。
そしてお礼に、といくつもの袋菓子が入った手提げ袋を預かったと。
中を見ると、一緒に便箋が一枚、四つ折りにして入っていた。
それには、丁寧なお礼とお詫びの言葉が書かれており、最後に漢字で「◯◯」(けんた君の名字=姓) とあった。
その、「◯◯」という名字が、あまり多くない姓で、その時印象に残った。
それから何十年か経って、新しくできたショッピングモールに車で出かけようと、大きな交差点で信号待ちになった。
左に曲がるつもりで、ふと横の家を見ると、表札に「◯◯」とある!
それで、あの「けんた君」を思い出した。この家とは限らないのは判ってる。
それからは、いつもその交差点を曲がるたび、思い出す。
けんた君、元気にしてるかなあ。
もう立派な大人のはずだけど、元気だったらいいな。
そう、ただそれだけを思う、と。
そんな話を聞いたのは、十何年も前の同窓会だった。
それが最近になって私も、たまたま「◯◯」という名字を見かけて思い出した。
「けんた君、元気にしてるかなあ?元気だったら、いい!それだけで…」
そんな風に私も思う。